文字サイズ

  • 大
  • 中
  • 小

『ヒッグス粒子の発見』

ヒッグス粒子の発見

2012年、科学の最大の発見の一つとして、ヒッグス粒子の発見が挙げられるだろう。
このプレスリリースされた結果をまとめた論文が、CERN(European Organization for Nuclear Research 欧州原子核研究機構)のATLAS Collaboration及びCMS Collaborationから2012年7月31日にPhysics Letters B[英語]に投稿された。

論文名は、

  1. The ATLAS collaboration, "Observation of a new particle in the search for the Standard Model Higgs boson with the ATLAS detector at the LHC" [PDF(635KB)[英語]]
  2. CMS collaboration, "Observation of a new boson at a mass of 125 GeV with the CMS experiment at the LHC" [PDF(2.1MB)[英語]]

である。

CERNとは、1954年に設立され、宇宙の起源や素粒子研究等を行っているフランスとスイスの国境にある機関である。1989年にCERNの科学者であるTim Berners-LeeがWorld Wide Web (WWW)[英語]を生み出したことで、CERNという研究機関をご存じの方も多いかもしれない。 CERNの概要についは、アトラス日本グループが作成している「CERNの概要(PDF 5.2MB)」と「CERN見学時の説明配布資料(PDF 2.3MB)」に詳しい。参照していただきたい。

さて、二つの論文に共通して出てくる LHC(Large Hadron Collider:大型ハドロン衝突型加速器)[英語]は、CERNにある大型ハドロン衝突型加速器で、陽子と陽子を衝突させ、その後に起こる現象を見る世界最大の加速器である。名に冠しているハドロンとは、クオークがグル―オンを介した強い相互作用によって結合したもので、陽子はハドロンの一つである。

CERNのLHCの規模は、エネルギーで表され、陽子ビームエネルギーは7TeV(テラエレクトロンボルト)。

このLHCには、さまざまな観測装置がある。 ATLAS、ALICE、CMS、LHCb、TOTEM、LHCfがそれである。 ATLAS[英語]とCMSは、陽子と陽子の衝突後に生成される素粒子を検出し、CMS(Cmpact Muon Solenoid)[英語]は、CP対称性の破れの検証、LHCbはB中間子の測定等の検出器である。 詳細については、"CERN FAQ-LHC the guide[英語](PDF 25.8MB)"を参照されたい。

加速器にはLHCのような陽子の加速器以外にも電子や陽電子の加速器等があるが、日本にも理化学研究所の大型放射光加速器であるSpring-8や高エネルギー物理学研究所のKEKB加速器等がある。日本の加速器については、『加速器の世界』全12話が、サイエンスチャンネルにあるので、ぜひご覧いただきたい。

CERNのLHCの規模は、エネルギーで表され、7TeV(テラエレクトロンボルト)。
ただ一般的にはピンとこない。 一般的にわかりやすく表現した映像が、YouTubeで公開されている。 CERNTV[英語]が2008年8月25日にアップロードした The Large Hadron Collider がそれである。これは、極寒の南極の映像と感動的なナレーションで始まる。 ナレーションの部分をここで紹介しよう。

映像: South Pole: -80C
ナレーション: This is the one of the coldest places on the earth.

映像: Large Hadron Collider:-271C
ナレーション: This is the one of the coldest places in the galaxy

映像: Sun: 20 million C
ナレーション: This is the hottest place in the solar system

映像: Large Hadron Collider: 10 million billion C
ナレーション: This is one of the hottest places in the universe

先の論文の中にあるLHCのATLAS(写真)等は、日本の企業も多大な貢献をしている。 アトラス日本グループが作成している「CERNの概要(PDF 5.2MB)」の14ページに貢献している日本企業の一覧が出ている。 日本の企業の技術がATLASの随所で生きているのである

ATLAS

(写真提供:CERN研究所)

ヒッグス粒子は、ATLAS実験及びCMS実験により検出された。 質量は、126GeV。 ヒッグス粒子は、標準理論という大きなパズルの最後のピースだといわれている。 標準理論とは、「我々自身や宇宙で実際に見ている物質を形作っている基本粒子の性質と、その間に働く力を記述する理論」(長年探索してきたヒッグスボゾンとみられる粒子を CERN の実験で観測(PDF:560KB))だ。

標準理論の方程式は下の額縁の中で輝くラグラジアンである。 標準理論をパズルと表現したのは、BBC Horizon 2012 "The Hunt for Higgs" において、標準モデルを説明したFrank Wilczek。 Frank Wilczekによると、ヒッグス粒子は、標準理論というパズルの最後のピースと表現されている。

fomula of standard model

物理学では任意の系の運動を記述するとき、まずはラグランジアンを定義する。 CERNのオフィシャルグッズでは、この方程式をプリントしたTシャツが販売されている。

さて標準理論のパズルは、クオークとレプトンという物質、クオークとレプトンの間に働く基本的な力である電磁相互作用、強い相互作用、弱い相互作用という3つの力、それと対称性の破れから構成されている。 3つの力には、それぞれの力を媒介する素粒子がある。 電子の間に働く力つまり電磁力は、光子の交換によって生じる。 強い相互作用にはグル―オン、弱い相互作用はWボソンとZボソンという粒子が媒介する。 この弱い相互作用を媒介するW, Z粒子の発見により、CERNのCarlo RubbiaとSimon Van der Meerは1984年ノーベル物理学賞を受賞する(The Nobel Prize in Physics 1984[英語])。

また、CERNのLeon Lederman and Mel Schwartzらによって、ミューニュートリノ(muon neutrino)を検出。 この検出により、1988年にノーベル賞を受賞する(The Nobel Prize in Physics 1988[英語])。 そして、それら粒子の軌跡を測定する装置MWPC(多芯式比例計数管)を開発したのもCERNのGeorge Charparkである。 彼はその功績により1992年にノーベル物理学賞を受賞する(The Nobel Prize in Physics 1992[英語])。

物質粒子であるトップクオークは、1973年小林誠と益川俊英によって理論的に提唱され、1995年にフェルミ研究所[英語]CDF実験[英語]DZero実験[英語]でその存在が発見され、2008年両氏はノーベル物理学賞を受賞する。 スウェーデン王立科学アカデミープレスリリース記事(PDF 372KB)によると、「クオークが自然界に少なくとも三世代以上あることを予言する、対称性の破れの起源を発見」という功績に対してノーベル賞を授与されている。 小林・益川両氏と共にこの年ノーベル賞を受賞したのが、南部陽一郎である。 南部氏は、「素粒子物理学と核物理学における自発的対称性の破れの発見」において、受賞している。
小林・益川両氏の受賞論文は、"CP-Violation in the Renormalizable Theory of Weak Interaction[英語]"(PDF:434KB) で、Progress of Theoretical Physicsに掲載されている。
南部氏の論文は "Dynamical Model of elementary Particles Based on an Analogy with Superconductivity. I[英語](PDF:1.16MB)" 及び "Dynamical Model of Elementary Particles Based on an Analogy with Superconductivity. II[英語]"(PDF:1MB) で共にPhysical Reviewに1961年に掲載された。

3人のノーベル物理学賞受賞者に共通するのは、「対称性の破れ(Symmetry Breaking)」だ。 「対称性の破れ」は、現代物理学の最前線に位置する素粒子論における三種の神器の一つだ。 この「対称性の破れ」により、電磁場のゲージ粒子である光子などの量子の存在を明らかにしてくれる。
小林・益川理論の対称性の破れは、「CP対称性の破れ」と呼ばれ、Christenson, Cronin, Fitch, Turlayらにより1964年に発見された。 内閣府の「5分でわかる最新の科学技術」に「ノーベル賞受賞研究『CP対称性の破れの起源の発見』」で解説があるので、ぜひご覧あれ。 CP対称性の破れの基本は、反物質の予言に始まる。 反物質は、質量とスピンはふつうの物質と同じで、電荷が正反対になっている物質のことで、ディラック方程式から導かれる(『マンガ量子論入門』pp162-163講談社ブルーバックス)。Cは荷電(Charge)変換、PはParity(鏡映)変換のことで、前者は正電荷と負電荷を入れ替えること、後者は鏡に映して対称かどうかということである。このCとPの変換において物理的変化があること、これがCP対称性が破れているということである。 この「CP対称性」により、クオークが6種類であることを理論的に導いたのが、小林・益川理論である。

何らかの対称性が自発的に破れているような運動状態が実現された場合には、必ずその破れた対称性を復旧するような質量ゼロの新しい場の量子が発生するということを示したのが南部陽一郎氏で、「南部ゴールドストーンの定理」と呼ばれる。 これによりすべての素粒子の質量がゼロになってしまうため、0でない大きさを持つヒッグス場を真空と呼び、それにより、対称性が自発的に破れているとしたのである。 このヒッグス場とクオーク等が相互作用によって、質量が生まれる。南部陽一郎氏の自発的対称性の破れは1961年に発表され、ヒッグス場を導入した標準理論は1964年にHiggs氏に発表される。

今年度のハイライトは、このヒッグス粒子に着目した計量書誌学的分析である。
「Higgs」をタイトル、アブストラクトに含む論文をThomson Reuters "Web of Science®" から抽出した。 対象は、1981年から2011年に出版された論文である。
抽出した後、目検で内容をチェックし、ヒッグス粒子の発見に関係ない論文は分析対象から外し、解析している。

【参考文献】

  • The Higgs Boson Explained(Accessed 20120813)
  • 日笠健一 "LHECの開く新素粒子の世界" 科学 May 2009
  • 内閣府「5分でわかる最新の科学技術」「ノーベル賞受賞研究『CP対称性の破れの起源の発見』」(Accessed 20120808)
  • ヨセフ・マッケボイ「マンガ量子論入門―だれでもわかる現代物理」講談社 2000
  • 南部陽一郎「クオーク」」講談社 1998
  • 小林誠「消えた反物質―素粒子物理学が解く宇宙進化の謎」講談社 1997
  • ニュートン(ニュートン)「ヒッグス粒子」2012年9月号
J-GLOBAL foresight