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世界の論文

科学の定量的な評価について、その分析方法の基礎の構築は、デレク・プライス(Derek J. de Solla Price)に始まる。 それを基本に、1972年NSF[英語]が"Science and Engineering Indicators[英語]"を発表。 NSFの指標発表を皮切りに各国から続々と指標が発表される。

また、社会主義的計画の旧ソビエトでは「研究開発に投下された人材を含む資源とそこから得られる成果、すなわちインプット(資源)とアウトプット(成果)の最適バランスを達成する」という国家養成からプライスの方法論に注目して分析を行ったといわれている。

その後各国政府とも、科学の発展進歩を定量的に捉え、その指標を使用し、どの分野にどれだけ予算に配分すべきかなどを客観的に判断し決定する必要に迫られていくことになる。

科学技術指標が確立され、政策・制度へと結びついた「科学計量学」の歴史に並行し、もう一つの雄「計量書誌学」の歴史がある。

「計量書誌学」の歴史は、ユージン・ガーフィルド(Eugene Garfield[英語])によるところが多い。 彼は、1959年ISI(Institute for Scientific Information)を設立、「カレントコンテンツ(Current Contents[英語])」、「サイエンス・サイテーション・インデックス(Science Citation Index: SCI[英語])」を生み出した。 ともに図書館員の興味を引く文献検索の道具として開発されたものであるが、彼の最大の功績は、膨大な裁判の判例を引用関係によって整理していく方法の応用として論文の引用分析を使用した指標の開発である。 その後の計量書誌学の分析方法は、この引用分析が大きな潮流となる。

彼が設立したISI社は、1992年にトムソンコーポレーションが買収し傘下となる。 ガーフィルドが開発した様々なパッケージは、「ISI Web of Knowledge」、「Science Citation Index」、「Essential Science Indicators」は、脈々と生き続けることになる。

1990年代になり、計量書誌学と計量科学が融合していく中、「科学は構造を持つ」とうい「科学の科学(Science of Science)」が盛んになっていく。 さらに「科学政策の科学(Science of Science Policy)」へと大きく舵がきられる。 そのきっかけとなったのが、前ブッシュ政権の科学技術政策局(OSTP: Office of Science and Technology Policy[英語])局長兼大統領科学顧問ジョン・マーバーガーIII(John Murberger)氏による2005年4月の米国科学振興協会(AAAS[英語]科学技術政策フォーラムでの基調講演[英語]である。 マーバーガー氏は「連邦政府が研究開発へ投資し、科学政策の決定をする際に科学政策担当者がサポートするために必要なデータセット、ツール、方法論を作り出す実践コミュニティーの構築」と提唱する。

科学の構造を科学する方法としての論文の計量書誌学的分析は、新たな政策・制度へと今まさに結びつこうとしている。


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